世界同時多発悟りー「過去仏」という作業仮説

 いまやPCは人類のもう一つの感覚器官であり、インターネットは人類共有脳の肉体外部ニューロンであると以前に書いた。

 それを考えると現代における「悟り」は、パーソナルレベルではなく人類規模で起きるのではないかと予感されるのである。

梵天(左)と帝釈天(右)による勧請
梵天(左)と帝釈天(右)による勧請

 ところで、仏教には「過去仏」という考え方がある。釈尊は悟りを得たのち、絶大な虚無感に襲われるが、梵天(ブラフマン)の依頼に応じてその教えを説き始めたと伝えられている。人生の大目標であった悟りに至ってのち、すべてを成し遂げて釈尊はバーンアウト症候群に陥ったわけである。おそらく過去にも現代においても、修行をして悟りに到達し、そのまま肉体を離れた行者は数限りなく存在したのではないだろうか。しかし、釈尊はそこで立ち上がったのであった。そこに釈尊の「慈悲」を見ることができる。

 

 のちの弟子たちは、そのような領域に達した仏たちが、過去にも現在にもそして未来にもいるはずだと考えた訳である。そのように仮説することで、様々な深い教えのつじつまが合ったのではないだろうか。しかし、当時の「悟り」は釈尊という個人の、あくまでもパーソナルなレベの事であった。
 それに対して、現代の私たちを取り巻く環境やテクノロジーによる意識の在り方は、明らかに当時とはまったくといっていいほど事情を異にしている。一人の考えや思いつきや気づきが、ネットを通してほぼ瞬時につながり合い響きあうのである。インターネットがなくても実はつながり合ってはいるのだろうが、それがより具体的に意識化されているに違いない。

 ある意識状態をもつ人の数が増え、臨界状態に達して閾値を超えたとき、世界中のあちこちで悟りが同時多発的に起きるというワクワクするような妄想を掻き立てられるのは、決して私ひとりではないだろうと思えるのである。

一般社団法人 森になる

〒1020082 

東京都‎千代田区一番町 6-4-712

・富士山連絡先

〒401-0511

山梨県南都留郡忍野村忍草2674-1 

        ダイアパレス富士忍野A304

代表理事:河野秀海

morininaru@gmail.com

FAX:03-6740-9949

Facebook ページ

↑クリック

  携帯アクセス
  携帯アクセス