仏教入門03「悪人こそ救われる?」

 無数にある行法の中で、南無阿弥陀仏だけで良いと言った法然上人は、それだけでもラジカルだった。

 しかもその上、善人は救われて当たり前なのだから、慈悲深い阿弥陀仏は罪深い苦しんでいる凡人から救うのだと、仏教界にコペルニクス的転回の大旋風を巻き起こしたのだった。

 
 例えばこういうことである。
「広い部屋にたくさんの病人や怪我人がいて、そこに医師が入って来たら誰から救うだろうか?一番症状の重い者を一番に診るだろう。それと同じである」と説いたのである。
「私は善人だから大丈夫」と思っている人は、少し考え直した方がいいかもしれない。キリスト教の原罪ではないが、人は生きているだけでゴミも出せば空気も汚し、様々な生命を奪って生きているのだ。

 法然上人が比叡山を下るまでは、仏教は特権階級のものであった。難しい漢字の専門用語が無数にあり、その行法も数多であった。それらを理解して様々な行を修し、救いの領域に近づける者は稀だと思われていた。

 法然上人が比叡山を離れた時代は、飢饉と疫病が国を覆い、賀茂川の川原では累々と積み上げられた屍をカラスが啄み、人々は遺体から金品や衣類を奪うといった惨憺たる様相であった。
そのような、この世の地獄の中のどこに救いがあるのだろうか。

 法然上人が示したのは、「全託」という絶対的とも言える「信」だったのである。

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