仏教入門01「仏教って何…?」

 仏教とは、佛(ほとけ)の教えであり、佛になる教えなのですが、「佛になる」といっても、死者となるというわけではありません。

 では「佛(ほとけ)」とはいったい何でしょう?

 「仏教」は紀元前500年ころに印度で興り、紀元1世紀ころに中国に伝わったと推定されていますが、その時にサンスクリット語のबुद्ध buddha(ブッダ)が中国語に音写されて「仏陀」となりました。बुद्ध buddha というのは「目覚めた者」という意味ですが、他の文字としては「仏図」と訳されたという記録もあります。中国では学問や武道などのグループを「○○家」と呼び、仏教を信奉するグループ全体が「仏図家(ふとけ)」と呼ばれ、その音が変化して「ほとけ」となったと言われています。

 では「目覚めた者」とはどういう意味なのでしょうか?

 

  この背景には「輪廻思想」があります。キリスト教では輪廻という概念がないと聞きましたが、ここでは死後に魂が別の肉体に生まれ変わるということではなく、「同じことを繰り返す」と読み替えて話を進めてみましょう。どういうことかというと、喜んだかと思うと悲しみ、苦しんだかと思うとまた嬉しくなり、人生自分の思い通りにはならなくて、翻ろうされている状態を「輪廻」の中にいると考えてみましょうということです。

  「輪廻」とは「六道輪廻」の略で、六道には天道(てんどう)、人間道(にんげんどう)、修羅道(しゅらどう)、畜生道(ちくしょうどう)、餓鬼道(がきどう)、地獄道(じごくどう)があるといわれていますが、これは空間的な事象や死後に赴く世界ではなく、心の状態をセルフチェックするためのモデルと考えるのが妥当かもしれません。すなわち、怒りに支配されている時は「いま私は修羅道に落ちている」、またある時にはあれも欲しいこれも欲しいと「餓鬼道に落ちている」自分に気がつくことがあるかもしれません。

 

 「目覚めた者」とは、この世界の理(ことわり)や思い通りにならない自分というものの構造を明らかに知り、六道輪廻のクローズド・サーキット(閉じられた輪)から開放された者であるという意味なのです。


 ですから、「佛になる教え」というのは、思い通りにならない自分やクローズド・サーキットから解き放たれて、よりイキイキと自由に生きることができるようになる教えであると言い換えることができるのです。

 二千年以上を経た現代でも、実は仏教というのはとてもユースフルなのです。

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