追善供養

  お葬儀の依頼があり、静岡県三島市に来た。  仏様はまだ六十四歳になったばかりの男性で、私とそう変わらない年齢である。式場に着いてすぐに御霊前に挨拶に行くと、棺の中の仏様は頭に包帯を巻いていた。成人したてに見える二人の息子さんと、まだうら若いお嬢さんの表情に心が痛む。

奥さんが帰宅すると、階段から落ちたご主人が出血して倒れていたというのだ。頭部手術をしたが、回復することなくお別れを迎えた。 突然の別れは辛いものである。

  お式の前に、遺族の方々が控室にご挨拶にいらっしゃるのが通例である。手短かにお戒名や中陰の意味を話し、お念仏の功徳ー効能を伝える。遺族が悲しみに暮れると、新亡(しんもう:四十九日を迎えるまでの仏様)はそれが気になり彼方(あちら)に行きにくくなると言われる。信仰と密接につながる佛教音楽にご詠歌というのがあり、そのひとつに「賽の河原地蔵和讃」という歌があるので、少し長いが引用してみよう。

「賽の河原地蔵和讃」

これはこの世のことならず  死出の山路の裾野なる  さいの河原の物語

聞くにつけても哀れなり  二つや三つや四つ五つ  十にも足らぬおさなごが

父恋し母恋し  恋し恋しと泣く声は  この世の声とは事変わり  悲しさ骨身を通すなり

かのみどりごの所作として  河原の石をとり集め  これにて回向の塔を組む

一重組んでは父のため  二重組んでは母のため  三重組んではふるさとの

兄弟我身と回向して  昼は独りで遊べども  日も入り相いのその頃は

地獄の鬼が現れて  やれ汝らは何をする  娑婆に残りし父母は

追善供養の勤めなく  ただ明け暮れの嘆きには 酷や可哀や不憫やと

親の嘆きは汝らの  苦患を受くる種となる  我を恨むる事なかれと

くろがねの棒をのべ  積みたる塔を押し崩す  その時能化の地蔵尊

ゆるぎ出てさせたまいつつ  汝ら命短かくて  冥土の旅に来るなり

娑婆と冥土はほど遠し  我を冥土の父母と  思うて明け暮れ頼めよと

幼き者を御衣の  もすその内にかき入れて  哀れみたまうぞ有難き

いまだ歩まぬみどりごを  錫杖の柄に取り付かせ  忍辱慈悲の御肌へに

いだきかかえなでさすり  哀れみたまうぞ有難き  南無延命地蔵大菩薩

 これは特に幼児を亡くした時によく歌われるのであるが、賽の河原とはあの世とこの世とを隔てる三途の河の河原のことだ。そこに来た子どもたちが、父母を思い出しては石を積むのだが、日が暮れる頃にはそこに鬼が現れて、「何をしてるのだ。お前たちの親は嘆き悲しむばかりで、お前たちの追善供養もしていないではないか!」と言って、一生懸命に積んだ石を金棒で崩す。「回向(えこう)」とは、自分のためではなく人のために何かをして、そのよい結果であることが人々に巡るようにすることである。

  そこに地蔵菩薩が現れて、子どもたちを護るというストーリーである。追善供養とは、死にゆく者が少しでもいい処に生まれ変われるよう、残された者がお経を上げたりして積んだ徳を死者のために振り向けることである。

 お葬儀を終えて形ある最後のお別れをして、棺の蓋を親族で閉じ、おりんを打ちながら先導してゆく。仏様に続いて奥様が白木のお位牌を持ち、ご長男が骨箱を抱え、お嬢様が遺影を胸に抱いて炉に進む。棺が炉に運び込まれて扉が閉じられる。今日の私のお勤めはここまでである。

 最後のご挨拶をした時に、ご家族みなさんの目は赤かったが、目の奥には力が感じられ、口元はキリリとしていて少し心がほっとした。

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