製材所での仕事

 八ヶ岳に7年ほど住んでいたころ、夫婦で営んでいる製材所の奥さんが膝を痛め、手伝って欲しいというので1年ばかりお手伝いをしたことがあった。

 長野県諏訪地方の標高1,045mあたりの製材所だった。長さ10m前後の長物を挽ける製材所はそう何軒もなく、ほとんどの製材所は規格品を扱うのだが、その製材所は他では扱わない長物や特別注文を手掛けていた。
 時には80歳を遠に過ぎた地元のおじいさんが、「ちょっと挽いてくれろ」と材を持ち込んだりすることもあった。そんな割り込みの仕事も、納品日の決まっている仕事を脇に置いても親方は快く引き受けていた。たまには材の納品を親方から頼まれて、クレーン付き4tロングのトラックに材を積んでロープを万力に縛り、四寸角や五寸角の長物を数十本運んで一人で降ろして帰ってきたりもしたこともあった。
 
 周囲は森と山で樹木ばかりが目に入るのだが、そこで挽く材木はすべて洋材―すなわち南米やカナダ、中国からのものばかりであった。かつては東南アジアの材が多かったと聞いたが、ほとんど切り尽くしてしまって、最近では太平洋の向こうから新潟港に着岸した材から選んで買い付け、十数トンのトレーラーを何台かチャーターして長野県に運んでも地元材を使うより安いというのだ。
 職人用語で「シャッカミ」という語を聞いた。直径が一尺(約30cm)以上の材をそう呼び、それ以下の材は製品となる部分と捨てる部分とが同量くらいで、手間を計算に入れるとほとんど儲けにはならない。地元材はほとんどが「シャクシタ」で、その上に伐採や運び出しの手間賃が加算されるととても割に合わない。アマゾンの熱帯林のように平地で大型重機が何台も入り、直径2m近くの樹を切り倒した後からクレーンやパワーショベルなどで大型トラックにどんどん積み込む作業と、日本のように山と谷が入り組んだ土地で道路も狭く、クレーンの入らない斜面を人力で運び出して数本づつトラックに積んでいく作業を比べると、その効率と人件費の差は一目瞭然だ。

 港からはるばる山奥に届いた直径2m近くの材を、刃渡り90cmもある90ccエンジンのチェーンソーで材とする長さにまず切る。鋭い刃がチェーンにいくつも付いて高速で回転する、90ccのバイクと同じエンジンを手に持って自分の背丈ほどの直径の樹を切っていくのだ。
 切った材をフォークリフトで、親方が製材機の台車にゴロンと載せる。十数メートル先には、輪になった幅20cmくらいで長さが4mほどのノコギリの刃が、1分間に数百回転で回っている。何度も切っていくと刃に木のヤニが付着して切れ味がおちるので、太い藤蔓に重油をつけてヤニが付着しにくいようにし、鋼を回転しているノコ刃に当ててヤニを落とす。その回転している刃に向かって樹を積んだ台車を進ませると、台車から迫り出した分だけ木が切られて、ノコの向こう側のコロに落ちる。コロはA字型の台の上にローラーを付けただけの材を滑らせる台である。樹皮の部分はゴミとして積み上げてゆき、同じ厚さで切り落とされて板になった材を、コロの回転を利用してテコの支点とし手で押しながら片側に一人で積み上げてゆく。厚み15cm幅120cmくらいで長さ7-8m位の板を一人で扱うのだ。
 四寸角の柱を作る時は、まず四寸の板を挽いて積み上げ、次にそれを台車に戻してノコの手前に運び戻して、板を一枚づつ横にしてからさらに挽いていくと四寸角の材になる。多くの製材所では何枚もまとめて積んで、料理で人参のダンザク切りを一気に作るように、なん本もまとめて切り出すらしい。しかし樹はそれぞれの育った環境や生育過程で、一本一本の癖がある。木目が捻れている材もあれば、北斜面でそだった木目の詰んだ木もあれば、南斜面でのんびり育った材もある。材として使ってから何年も経ち、乾いてくるに従って反り返る方向も反り具合もそれぞれだ。ここの親方はそれを見越して、一本一本の癖を読んで挽いていくのだ。だから遠くの業者からの特別な長物などの注文も入る訳である。

トビ(江戸時代の火消し必携)
トビ(江戸時代の火消し必携)

 野菜に旬があるように、木にも「切り旬」があると言われた。生命活動が活発で、水をたくさん吸い上げているころに切った樹は虫もつきやすく材としては相応しくないらしく、冬の一番寒い頃、木の水上げが止まっている頃に山に切りに入る。標高1,045mでは氷点下15~20℃近くまで気温が下がり樹も凍る。そんな頃に凍ったままの木をチェーンソーで切るのだ。親方と二人で山の斜面に入り、切り出す木に印を付ける。倒した木の枝を払い、トビを木に打ち込み、それを引いて木を下の道路近くまで下ろしていく。ある程度まとまったら、トラックのクレーンで引き上げて積み上げる。こういった作業は、地元からの依頼でたまに引き受ける仕事だ。
 地元からの依頼ではふだん挽かない材を取り扱うことが多い。自分で切ったという桜を挽いたこともあったが、ノコが通るたびに桜餅の香りがした。日本建築の土台によく使う栗は水に強いらしいが、少し酸味の香りがして、切り口と接触した台車の鉄はすぐに錆を出すほど酸が強い。柿の木も同じく酸が強く、その木目は柿の種の断面と同じく細かい縦目の模様を見ることができる。
 そんな山での林業に携わる平均年齢は57歳くらいだと聞いた。植林の森は手入れをしないと、自由奔放に伸びた枝が茂って太陽光が地面に届かなくなる。針葉樹林の森は、ほぼ毎年から2年に一度の下草刈、2・3年に一度の枝打ちと言われる枝払い、7年毎の間引きという手入れを怠ると、森がどんどん荒れてゆく。林業従事者といっても中には事務職もあるので、コンピュータなどを扱えない高齢者が現場で働くので、目にした従事者は6~70代の人がとても多かったことに、林業の将来を危惧する声にも納得がいった。
 いまとなってはとても懐かしい山での肉体労働である。

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