ガンジーなおじいさん

 東京オペラシティすぐ近くの整形外科に、整体師として務めていたことがあった。商店街のすぐそばだったので、その整形外科は地元のお年寄りのサロンとなっていたが、そのお年寄りのほとんどが毎日、あるいは一日置か二日置きに来院していた。

一般の整体院や鍼灸院に通う客層よりも、明らかに重度の方が多かった。
 保険医療の範囲でできる施術はいわゆる消炎処置までなので、せいぜい一人に7分の施術が精一杯であったが、それでもざっと全身に触れ、その患者さんにとっていちばん必要な部分を施術して、最後にまた全身の様子を診て施術を終える。一日に5-60人の体に触れる毎日であった。
 消防署長を務めていたSさんは、頚椎の手術後に首まわりの筋肉が固まって首を回すことができない状態だったが、ほとんど毎日通院してだんだん首も回るようになっていった。そのSさんは勤務者の私たちよりも整形外科職員の勤務状況をよく把握していた。施術をしているとカーテンの向こうから順を待っているSさんの声が聞こえてくる。「今日は木曜日だから、◯◯さんと◯◯さんが休みで、◯◯さんが午後から出勤だ…」。私は彼を「人事部長」とよんでいた。

 そんな中、ある日痩せてずいぶん腰の曲がったTおじいさんがやって来た。頭髪を剃っていて、丸い眼鏡が似合う風貌はガンジーそのものであった。
 施術をしながら聞いてみた。「Tさん。膝の怪我はどうなさったのですか?」、「いやぁ、戦争で南方に行った時、爆弾が近くに落ちて鉄の破片が刺さって…」。口数の少ないTおじいさんはニコニコしながら答えてくれた。
 後になってドキュメンタリー映画「ゆきゆきて神軍」を見て知ったのだが、Tおじいさんが配属されたその地域は、終戦直前にはまさしく地獄の様相だったようである。完全に包囲されて数ヶ月も食糧なしに戦った日本軍は、地元民を黒ブタと呼び、米兵を白ブタと呼んでいたというのだが、それは単に蔑称としての呼称ではなかったということだった。
 「ずいぶんご苦労なさいましたね…」、そう言うとTおじいさんは優しい声で「いやぁ、おかげでまず行けないような外国にいろいろ行かせてもらいました…」と、その何も恨んでいない様子に思わず頭が下がる思いがした。
 その日から、Tおじいさんを私はガンジーさんと呼ぶことになったのだが、ご本人は誰のことだか全くわからない様子で、キョトンとしてただただニコニコしているだけだった。

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