洞窟のはなし

 ヒッチハイクで九州を回っていた19歳の春、別府のユースホステルで出会った男性から与論島の話を聞いた。半日で歩いて一周できるその島は、エメラルド色の海に浮かぶ宝石だと‥
 それを聞いて早速行ってみることにした。

 ヒッチで車を乗り継ぎ、宮崎から姶良に抜け、指宿で一泊して鹿児島から船中一泊の船旅だった。名瀬を過ぎた頃から船が大きく揺れだし、船中に並んでいた大きな桜島大根は船の壁から壁へと転げ回った。耐えられない船酔いに悩まされながら、与論島沖合いで波が治まるまで一晩待って、夜明けと共に迎えにきたはしけに飛び移り、初めての日本最南端の地に降り立った。

  しばらく歩いてもまだ足元は揺れている。たくさんの迎えの人々の間に、与論島ユースホステルの看板をもったペアレントに挨拶する。ポケットにある全財産が175円と告げて、その日の午後からサトウキビ刈りのアルバイトを紹介してもらった。

 与論島の道は白い。サンゴ礁が砕かれて砂利になって、紫外線の強い光に照らされて白く輝いている。そんな道を島の女性は裸足で、頭に様々な荷物を乗せて子供を連れて歩いている。その光景だけでも十分なカルチャーショックだ。島民から聞くと、島の興りは平家落人の兄妹が舟で赤崎の浜に漂着し、この島に住まいしたのが発端だと口を揃えて話してくれた。島民の男性は揃って背が低く、小柄でキュッと体の締まった体型だった。そういえば東京アースディを立ち上げた西田清志さんも与論島出身だと聞いたが、かれも同じ体型だった。彼のお父さんはその昔、友人と二人きりで手漕ぎの舟で九州まで行ったと話してくれた。600kmほどの行程をだ。

 一ヶ月前後もそこに居ただろうか、いつも行くハケビナ浜の入江のどこにどんな貝が居て、どこを泳いで行けば外海に出やすいか頭の中に地図ができたころ、北隣の沖永良部島(オキノエラブジマ)に行ってみることにした。

 何日か民宿に泊まり、あちこち行っているうちに、今は使われなくなった古い港の湾の懐に、清水の湧く場所を見つけた。南西諸島の島々はすべて隆起珊瑚礁の島である。隆起してそのままの島と、隆起してからいちど海に沈んで再度隆起した島がなぜか交互に並んでいる。与論島は二度隆起した島なのでまだ若く、土が痩せていてほとんどが砂利のような状態でいくら掘っても水は出ない。そのため全ての家庭では天水(テンスイ)といって、雨水を溜めてそれを飲料用に使うのだ。それに比べて隣の島は島としての齢を重ねているので土が黒っぽく、水もよく出る。ほとんどの二度隆起した島には鍾乳洞があり、全体として湿っているので毒蛇のハブが生息している。すなわち、ハブのいる島いない島が、交互に並んでいる訳である。

 その清水の湧く場所は、一部にセメントで水槽が作られていて、島民がそこに湧く清水を自由に使っていた。岩肌はジャコメッティの彫塑のようにデコボコし、あちらこちらに穴が空いている。腰の高さに空いているその一つを覗いてみると、多少の奥行きがあり下は乾いた砂が平らになっているので、中をもう少し見たくなって入ってみた。入口は直径1メートルくらいで、奥行きは2メートルほどで止まっていて、中に胡座で座ると軽く手を伸ばすと天井にちょうど触れるほどで、ゆとりのあるプライベートテントのサイズである。横になってみる。砂の地面はほぼ平で岩肌もなく快適である。よく乾燥していて、洞窟にありがちな苔やカビのような菌類の匂いもしない。
 気がつくと、その日からそのままそこで寝泊まりしていた。

 月明かりの夜はいくぶん見えるが、新月の夜になると墨汁を垂らしたような真っ暗闇だ。目の前に手を持ってきても、手が顔に触れるまでまったく何も見えない。目を開いても、目を閉じても何の変化もない真っ暗なのである。声を出してみて、自分の存在を確かめるようなことを自然としていたのを思い出す。窮屈ではなかったが、端から端まで把握できる空間に収まっている感覚は、母の胎内にいたころを思い出すかのような感覚であった。人との対話や、外から入ってくるラジオやテレビの情報も何もないので、自分の内面とゆっくりと付き合う時間をたっぷりと持つことができたのは、今から思うととても贅沢で貴重な時間だったのかもしれない。

 月の満ち欠けと潮の満ち干が、ぴったりとシンクロしているのを体感したのもその時である。毎日のように海に入っては貝やウニを採ってきて、乾いた流木を拾ってきては火を起こして調理し、引き潮の岩から集めたアーサ(アオサ、岩のり、アオサノリ、石蓴)を佃煮にしたり、ウニの塩辛を作っているうちに陽は傾き、一日が終わって行った。

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